ヴァネヴァー・ブッシュと『As We May Think』
前回の振り返り
Section titled “前回の振り返り”- 前回は以下のようなトピックを扱った
- しばらくは放送大学の講義で取り扱った ヒューマンインタフェース を底本とすること
- ヒューマンインタフェースとは何か、という定義への立ち返り
- ヒューマンインタフェースについてのサーベイを行うモチベーションやうゆぷんが過去に制作した作品の振り返り
- マウスやGUIの原型を考案したダグラス・エンゲルバートの経歴の振り返り
- 今回は、ダグラス・エンゲルバートが影響を受けた論文である『As We May Think』を著したヴァネヴァー・ブッシュについてサーベイする
ヴァネヴァー・ブッシュ
Section titled “ヴァネヴァー・ブッシュ”- ヴァネヴァー・ブッシュ
- 1890年〜1974年
- 1890年前後
- 日本は大日本帝国憲法が発布され、立憲君主制が成立した時代
- イギリス、アメリカ等の列強が世界各地を植民地化している時代
- まだ日清戦争も日露戦争も起きていない
- 1890年前後
- 主な功績
- アナログコンピュータの開発と後進の育成
- 軍事技術の発展の主導
- PC、GUI、Webの概念の先駆者
- 1890年〜1974年
- 1890年 アメリカ マサチューセッツ州で誕生
- マサチューセッツ州は東海岸に位置する州
- 1913年 タフツ大学で電子工学の学士と修士を取得
- タフツ大学はマサチューセッツ州の都市・ボストン近郊にある
- 地中ケーブルの故障検出や高周波送電の問題の研究を行っていた模様
- 1916年 マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学から工学博士を授与
- 修士から引き続き高周波送電の問題の研究を行っていた模様
- 1918年〜 米国学術研究会議(NRC)に所属
- 科学技術の研究と政策提言を行う機関
- 時代は第一次世界大戦末期
- 潜水艦探知技術を研究
- 1919年 MITの電気工学部の助教授に就任
- 電気回路や伝送線路、計算機の研究
- 1922年 レイセオンの設立に携わる
- 軍需企業でミサイルシステムやレーダーの開発を行っている
- 1923年 MITの電気工学部の准教授に就任
- 電気回路の数学的解析、アナログコンピュータの研究
- 1927年 MITの電気工学部の教授に就任
- 1930年 微分解析機(アナログコンピュータ)を開発
- 1932年 MITの副学長、工学部学部長に就任
- 〜1938年 情報理論やデジタル回路の確立で知られるクロード・シャノンに教える
- 1939年 ワシントン・カーネギー研究機構の総長、NACAの議長に就任
- 国内の研究を軍事的な方向に舵を切る
- 非公式な政府の科学顧問としても活動
- 1940年 アメリカ国防研究委員会(NDRC)の議長に就任
- 科学者と軍の連携を強化
- 1941年 科学研究開発局(OSRD)の局長となり、NDRCを統合
- 1945年 『As We May Think』という論文を発表
- 情報の蓄積・検索・活用に関する画期的なアイデア
- アイデアの中核にはMemexという装置がある
- このあたりの話は後述する
- 1950年 米国科学財団(NSF)を設立
- 基礎研究の支援と科学教育の向上を目的とする
- 1974年 84歳で肺炎によって死去
As We May Think
Section titled “As We May Think”- ヴァネヴァー・ブッシュによる1945年の論文
- 雑誌『The Atlantic Monthly』に掲載
- 山形浩生氏による2013年の日本語訳『考えてみるに』を読んだ
- 山形浩生氏は翻訳家
- 有名どころだと、トマ・ピケティの『21世紀の資本』、ジョージ・オーウェルの『動物農場』の翻訳を手掛けている
- 要約
- 論文の意図
- ヴァネヴァー・ブッシュは戦時中、六千人の科学者を取りまとめてきた
- その科学者たちが戦後、どのような方向に向かうべきかの提言
- 人類はそれまでに身体的な能力は拡張させてきた(ハンマー、顕微鏡、兵器)が、精神的な能力は拡張できていない
- 例えば人類は、自分たちが生み出した膨大な情報を活用できていない
- 科学者たちは、考える人と知識の総体との新しい関係、つまり膨大なデータの保存や参照の方法を考えるべきだと呼びかけた
- 当時の技術について
- 光電素子、熱電子管、ブラウン管、リレー等、変化を起こすための部品はすでに揃っている
- ライプニッツ(1646年–1716年)やバベッジ(1791年–1871年)も古典的な計算機を作り上げた
- しかし、この時代は計算機の複雑性と低信頼性により、それを使うことにより節約できる労働力を上回る労働力が必要だったため、実用的なものとならなかった
- そこから時が経ち、大量生産の時代になり、複雑性を上手く扱ったり、高い信頼性を担保することができるようになってきた
- ちなみに世界初のノイマン型コンピュータ(プログラム内蔵方式)であるEDVACはこの論文が出たのと同じ年に設計が始まっている
- 将来の技術予測
- 音声認識による入力が可能になる
- カメラがどんどん小型化してクルミ大になる
- フルカラーや3Dの画像を記録できるだろう
- 画像認識ができる
- シャッター音のないカメラが実現できる
- 百万冊の図書館を机の半分サイズに圧縮できる
- 電子的な技術をベースにしていく方向になる
- 当時のカメラやファクシミリは化学的な変化を動作原理としていたが、テレビはすでに電子的な技術をベースにしていた
- 脳に直接情報を入力したり、出力したりすることができるようになる
- Memexの提案
- Memory Extenderの略と言われている
- Memexのアイデア自体は1930年代からあり、この論文発表前にも度々提唱されていた
- Memexは本、記録、通信の保存が可能な高い速度、高い柔軟性を持つ装置
- 机のような形状をしており、遠隔からでも操作可能
- ディスプレイ、キーボード、ボタン、レバー、スタイラス等のヒューマンインタフェースを持つ
- コンテンツはマイクロフィルムで提供される他、直接入力したりスキャナで読み込んで保存することも可能
- コンテンツは位置として記録し、単なるカード上の点の配置で表されている
- 索引付けではなく、関係性を重要視しており、好きなときに、即座に、二つの項目を選択し、結びつけることができる
- 物理的なアイテムが全くかけ離れた出どころから集められ、新しい本として綴じ合わされる
- 遠隔からの操作では手には何も持たず、自動で写真が撮られ、話すと音声入力によりコメントが残り、それらが時系列データとして無線越しに記録される
- 他のユーザとデータの共有が可能
- 科学者が使用するのみならず、日常的な作業(会計等)への適用も考えられる
- 論文の意図
- 現在から見てどうか
- ソフトウェアについて
- ヴァネヴァー・ブッシュが提案した当時はまだアナログコンピュータしかなく、当然ソフトウェアという言葉もなかった
- ちなみにソフトウェアという言葉が作られたのは1958年にアメリカの数学者ジョン・W・トゥーキーが提唱してからである
- そのため、どうしても論文での議論内容がハードウェア中心になってしまっている
- 無線について
- 無線通信に関しては当時からすでに実用化されて長い時間が経っていないのでそこまで驚くべき話ではない
- PCやスマホに近い概念がMemexとして提案されていることには驚いた
- 情報について
- ヴァネヴァー・ブッシュはMemexによって情報の整理、検索、関連付け、共有を可能にし、情報洪水に対処することができると考えていた
- しかし実際にはレコメンド機能がエコーチェンバーやフィルターバブル等の情報の分断を引き起こし、フェイクニュースによる嘘の拡散も進んでいる
- 検索について
- ヴァネヴァー・ブッシュは検索よりも関係性を重視しているが一応取り上げる
- 従来型の検索エンジンからChatGPT等の生成AI/LLMにシフトしている
- これにより、より知的・クリエイティブな作業をコンピュータが担うようになってきた
- テキスト以外にも画像、音声、動画も扱えるようになってきている
- 直近だとOpenAIのレポート生成機能であるDeep Research、Cognitionの完全自律型のAIソフトウェアエンジニアであるDevin、Googleの独自のチャットボットを作成できる機能であるNotebookLM等、進化がすさまじい
- 関連付けについて
- ヴァネヴァー・ブッシュは情報同士を柔軟に関連付けようとした
- これはWeb(特にハイパーテキスト/リンク)によって部分的には実現された
- しかし、コンピュータが扱うあらゆるリソースを直感的に関連付けて扱ったりすることはできない
- Webの世界の中であっても、ログインが必須のページは関連付けにあまり意味がないし、ブラウザ上で即座に関連付けやメモを行うようなUIはない
- また、リンク同士の関係を可視化する等の形でより直感的に扱ったり、重要な経路を探索することもできない
- HTTPの上に追加のレイヤを作ることでこの問題を解決できるのでは?とふと思った
- 近年の先行研究について調べてみても面白いかもしれない
- 3Dの画像について
- iPhoneに搭載されているLiDARスキャナー機能
- 3Dプリンタも割と近い概念かも
- 音声認識について
- ちょっとした検索や操作には用いられるが、長文の入力には活用されているとは言えない
- 人目があると心理的に使いづらい、入力ミスの訂正が面倒、口が疲れる、等の問題がある
- パーセプトロンについて
- パーセプトロンは人間の脳の神経回路(ニューラルネットワーク)をモデル化したニューラルネットワークの原型
- つまり深層学習の最も初歩的な理論となる
- ヴァネヴァー・ブッシュは同じく情報の関連付けの概念を人間の脳の神経回路から着想を得ている
- 同じアナロジーから別のアイデアを得るというのは面白い
- 脳への情報の入出力について
- 侵襲型/非侵襲型のBMI(ブレイン・マシン・インタフェース)が提案されているが実用化には至っていない
- イーロン・マスクが開発中の侵襲型のBMIであるニューラリンク
- 深層学習を活用し、脳波から考えている画像を再現する等の研究もある
- ソフトウェアについて
ヴァネヴァー・ブッシュに対する批判
Section titled “ヴァネヴァー・ブッシュに対する批判”- 科学技術の軍事利用の加速を招いた
- 自然科学と工学の基礎研究を重視しており、人文科学や社会科学は軽視していた
- 情報工学に疎く、Memexを提案しながらも、1930年代にいくつか提案されたマイクロフィルムを使用した情報検索システムについて知らなかったとされている
余談: ヴァネヴァー・ブッシュとオッペンハイマー
Section titled “余談: ヴァネヴァー・ブッシュとオッペンハイマー”- ヴァネヴァー・ブッシュはマンハッタン計画に関わっているという記述があった他、科学者と軍の連携を強化するための活動を行っていた
- 以前観た映画『オッペンハイマー』ではロバート・オッペンハイマーがマンハッタン計画を主導していたため、気になって調べてみた
- ちなみにマンハッタン計画は第二次世界大戦時の原子爆弾の開発プロジェクトで、ロスアラモス国立研究所を中心に行われた
- ヴァネヴァー・ブッシュはマンハッタン計画の前段階であるウラン委員会を統括していた
- マンハッタン計画が始まると、ヴァネヴァー・ブッシュは科学技術のアドバイザーとして関与し続けたが、実際の指導はオッペンハイマーが行っていた
- ヴァネヴァー・ブッシュは電子工学の分野において様々な功績を残した
- また、科学技術の軍事利用を積極的に推進した
- 一方で情報工学の分野においてはMemexという画期的なアイデアを提案しつつも、その時代の先行研究には疎く、実現にも至らなかった
- 自身は概念レベルの提案やアナログコンピュータの開発に留まったが、後進がそこから発展してデジタルコンピュータやGUI、Webを生み出したという点で重要な人物である
- ヴァネヴァー・ブッシュが『As We May Think』で予測・提案した技術はある視点では大幅に超え、またある視点では現代の技術水準でも超えられていない
- 昨今は生成AI/LLMがやたらと世間を騒がせているが、こういった過去の重大な歴史の地点に立ち戻り、そこから現在に活かせるエッセンスを抽出していきたい